――昔、ぼくが住んでいた家――
1 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/16 11:45 ID:
先日、十数年ぶりに私が子供の頃住んでいた家に立ち寄る機会があった。

見知った町並みは、わずかに変化していたものの、
記憶の中のそれと大きく変わる事は無く、
別段迷う事も無く、私は進んだ。

その場所に近づくにつれ、足は自然とその歩みを速める。

最後の角を曲がり、あの小路へと入った。

そこには、見知らぬ小奇麗な家があり、
中から、楽しげな笑い声が静かに漏れ聞こえていた。

■一年はなぜ年々速くなるのか


まじかるブラゲ学院(インストールなしで今すぐ遊べるお手軽ゲーム!暇つぶしからやりこみまで幅広く遊べます)


7 名前:ヘロ[] 投稿日:03/10/18 11:48 ID:
小学校から帰るときは一番安全な普通の道を通って帰ってきなさいと言われていた。
けどやっぱり好奇心旺盛な時期だったので、色んな道を通って帰ってた。

玄関を入るとおばあちゃんが仁王立ち。
うおーこえぇ〜と思いつつ、普通の道かえって来ましたとう嘘をつく。
でも嘘だと見抜かれて怒られてた。

違う道から帰るときは決まっておばあちゃんが玄関で仁王立ちしてた。
なんでわかるんだーって、エスパー扱いしてたなー。

今でもいけないことをしたとき
玄関開けるとおばあちゃんが仁王立ちしてそうで怖くなる。
一人暮らしだからそんなわけはないんだけど。

明日帰ったら
玄関に立って待っといてくれないかな。
そして思いっきり叱ってくれないかな。あーなつかしい。早く帰りたいなー。

9 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/18 12:35 ID:
私が6歳の頃に祖父が破産し、大きな家を出された。
今はどこかの会社の寮かゲストハウスのようなものになっているそうだ。
3年ほど前に偶然そこを通りかかった。
記憶にあるよりも庭の木々が大きくなっていて、歳月を感じた。

12 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:03/10/18 19:20 ID:
オイラが消防の頃は日〇の社宅住まい
転勤で越してからもう30年以上経つ
日〇の座間工場閉鎖であの社宅もどうなったのやら・・・
社宅の裏の林には防空壕があった
奥には日大の乗馬クラブがあった
どうなったんかなぁ・・・

14 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/20 03:59 ID:
大阪市の南のほう、四つ橋線沿線の、戦前からの小さな商店街に家があった
親の転勤で3歳で海外に引っ越し、6歳の夏戻ってきて、その1ヵ月後に新しい家を買い
二度と戻らなかった
1ヶ月の間だけ、その町の小学校に通った
給食も制服もない日本人学校から大阪の小学校。カルチャーショックだった

商店街は長く大きく、風呂屋、本屋、米屋、みんな知り合いだった
しょっちゅうどこかのおばさんと話をしてた
向かいのクリーニング屋の上級生と野球をした
給食の食べ方を教えてくれた女の子の家に誘われた。文化住宅だった。近くの公園へ自転車で遊びに行った
家は祖母が経営する下着屋で、薄暗い店内にガラスケースが並んでいた
お客さんが来たところは覚えていない
二階にはおばの一家が住み母とは仲が悪かった

祖母はその後も店のある家に残っていたが、2年後手放してうちに越してきた
あの町に戻る機会はもうなかった

最近、用事で近くに行き、時間があったので発作的にその町に行った
2時間で来れたのに、20年間一度も来なかった
商店街はまだあったが、驚くほど道が狭かった。小さい頃だったので大通りだと思ってた
まだやってる店は少し。どこも古ぼけていて暗く、客も人通りも子供の声もなかった
いくつかの家は建て変わり、真新しいマンションに変わってしまっていた
むかしの家の場所には店はなかった。築10年くらいの普通の家が2軒建っていた。
みんなどこに行ってしまったのか、と思った

15 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/20 04:03 ID:
3歳まで住んだアパートの1階部分は893が経営するスナックだった。
おやじさんの腕には派手な入れ墨があった。
錆びた階段の黒い手すりと、おやじの墨が記憶にうっすら残ってる。

18 名前:ずぶり[sage] 投稿日:03/10/20 22:58 ID:
四国の外れに住んでいた。
かやぶき屋根の平屋。土間あり,練炭コンロあり,農具小屋あり…
ぽっとん便所だったっけ。風呂はもちろん薪で焚いた。

敷地は100坪ほど。ど田舎だったので恐ろしく安かったらしい。
農具小屋では近所のおばあさんが首つって死んでたなんてホラー話あり。

庭にはヤマモモ,グミ,金柑に枇杷。真っ赤なグミ,甘ーい枇杷,取りまくって
ジャムにしてもらったヤマモモ(サイコーにウマい)…
すぐ裏は山。山中駆け回り,どんぐりを拾い,椎の実は炒っておやつに,
そういや栗も取った。なんだか何でもあったような気がする。

つい先日,親父が旅行がてら見てきたらしい。家は朽ち果てて押しつぶされ,
庭も荒れ放題…
話を聞いていたら涙があふれてきた。
思い出とともに山に帰ったらしい。

20 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/23 03:54 ID:
大好きだった公園、新しくなって見る影なくなってた・・・・。

21 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/26 23:21 ID:
教師の両親と、教職員住宅に住んでいた。いくつかの棟が立ち並ぶ団地だった。
そこで隣に住んでいた老教師の夫婦が面倒を見てくれて、遊びに行くと妹と俺に
すいかを切ってくれた。
はじめて女の子と手をつないで帰ったりチューされたり女同士のグループ間の抗争w
に巻き込まれたのもその団地。
親の転任で引っ越して以来行ってないが、現在そこは閉鎖され、住人のいない住宅が
廃墟となって取り壊しもされないまま丘の上に朽ちた姿を晒してるらしい。
元住人としてはなんとも切ない・・・。

22 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/26 23:28 ID:
アパートやってた。ウチが管理人室だったから4部屋、他は2部屋×5室
20年近くやってたが取り壊して新しい家を建てた。

ショベルで壊す日は見に行けなかった、、、

23 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/28 18:43 ID:
生まれてから4歳まで住んでいた家に行ってみたとき(これもかなり昔だが)
周囲には色々と新しい建物ができており、家の敷地は荒れ放題で草ボーボー、あばら家みたいになっていた
なんか寂しかった。あの頃よく一緒に遊んでいた子達はいまどうしているだろう?

24 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/10/28 23:29 ID:
もう無いだろうなー、幼稚園の頃住んでた若竹荘。
ふた部屋借りて隣は祖父母が住んでた。
あの頃遊んでくれたお兄さんどうしたかな。
晴れた日は二階の通路から小さな富士山が見えるのが嬉しかったなー

25 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:03/11/02 11:03 ID:
小6まで親子6人で住んでた4K風呂無しの借家
自分が小4位までは台所が土間で蛇が出てた
汲み取り便所の間口が大きすぎて危ないからと
お袋がついてきてた そんなほろ苦い思い出の建物も
数年前に解体され今は駐車場に 先日通りがかった時
仕切られた白線で車4台分程しかなかったんだと分かり
涙が出そうになった。

26 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/11/07 00:03 ID:
今から20年前、小6のとき、一家で夜逃げをして西日本を転々とした。
夜逃げする前に住んでいた、神戸のニュータウンにあった一戸建ての家を思い出すと
泣けてくる。好きだった本もピアノも植木や旅行先のお土産のグラスも、友達も
全部おいてきた。

27 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:03/11/12 14:13 ID:
>>26 つらいね・・・。

小3まで過ごした大阪の下町を最近見に行きました。
渡ったらいけない!と言われたロータリーを通って
『ゼッタイにみつからない』と自慢だったかくれんぼの公園へ。
・・・なんだよ。大人の目線でまるみえじゃん。

探すふりしてくれてありがとう。母さん。

28 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/11/16 02:00 ID:
最近、昔住んでたマンションの近くで働くようになったので、会社の行き帰りに
よく我が家のあった部屋を探します。
しかし街も変わったもんだな。10年ほど見ないうちにマンションや駐車場だらけで
セピアな思ひ出を灰色の日常で上書きする毎日です。

30 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:03/11/19 00:23 ID:
おれは厨房のころ、ばあちゃんちに居候してた。家庭の事情ってやつ。
昼間でも薄暗かったけど、でもどこか懐かしい感じのすごく良い家だった。
夏は冷たい廊下が気持ち良かった。
おれがいた部屋は2階の一番奥でほんとに狭かったけど当時の夢で一杯の部屋だった。
もう今はない。
更地になったのを見るのが辛くて一度も行ったことはなかった。
今はどうなってるんだろうな。
あの頃が一番楽しかったな。
女の子が柔らかくてすぐ泣いちゃうのを知ったのも
煙草を吸い始めたのも、みーんなあの頃のことだ。
たった一人で夕方のテレビ見たりして寂しかったけど懐かしいな。
たまには墓参りに帰ろうかな。
そう思ってまた1年とか過ぎちゃうんだろうな。

237 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/11/22 11:47:08 ID:
ここの >>30 です。
久々に帰ってみました。
なんだか立派な集合マンションになっていました。
もう見たくない、帰りたくない。
でも、自分が撮った昔のばあちゃんちの写真が残っていました。
母が渡してくれました。
できるならもう一度あの家を建てたい。でも、無理だね。

34 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/11/23 01:43 ID:
埼玉の北のほうに10年間住んでいた。転校するとき「手紙送るからな」
と言いあった友人たちとも疎遠になり、ついに11年が過ぎた。東京の
大学に入った自分は、ついにこの間、意を決してかつての友人たちと会っ
てみようと決めた。

その町並みは11年を経ても、ほとんど変わってはいなかった。変わった
のは自分の感覚だった。「こんな狭い町が自分の全世界だったのか」とい
う驚きが胸に去来した。そして、友人の家が、あった。逡巡した後に呼び鈴
を押してみる。友人が出てきた。「‥‥」一瞬のうちに、誰が来たかを理解
してくれた。その友人が別の友人を呼び、何人もが再会を祝ってくれた。
こんな経験ができる自分は本当に幸運なのだと思う。

35 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:03/11/28 00:20 ID:
>こんな狭い町が自分の全世界だったのか
非常によく解る…

36 名前:KAMON  ◆9awzJSYC0I [sage] 投稿日:03/11/29 02:14 ID:
電車の窓から 見える赤い屋根は
小さい頃僕が 住んでたあの家
庭に埋めた柿の種 大きくなったかな
クレヨンの落書きは まだ壁にあるかな
今はどんな人が 住んでるあの家

背伸びしてみても ある日赤い屋根は
隠れてしまったよ ビルの裏側に
いつかいつか僕だって 大人になるけど
秘密だった近道 原っぱはあるかな
ずっと心の中 赤い屋根の家


NHK教育の「ふえはうたう」内の歌「赤い屋根の家」です。
何かこのスレの雰囲気にぴったりだったので。


最初は、小さなオフィスビルの最上階に住んでいたのですが、
引っ越したあと、ある日突然どピンクに塗られていてびっくりしたことがありました。
3階のおばちゃん元気かなー。



40 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/12/03 23:16 ID:
炭坑の住宅、炭住で育った。東北の炭坑の町。
小4の時、閉山。一気に人が減った。
貧乏ってわからなかったが、外へ出てうちのレベルが痛いほどわかった。
本当に小さな家だった。そこに家族6人、じいさんの入院費用が払えなくて
親戚に借金、借金を返すのがやっとの生活で父親も母親も必死だったのだろう。
わたしは子供の時の記憶がどうしても思い出せない。思い出したくないらしい。
家族で旅行とか楽しかったことなど何もなかった。どん底の生活だった。
でも、必死 生きるのに必死 脱出するのに必死だった。
去年の秋に親父、今年の夏に母親を送った。
独りになっちまったなぁ と感じた。
炭住跡地に行った。
ただ、草が茂る空き地が広がっていた。
生活に追われていた親父とお袋に涙が止まらなかった。
 
42 名前:ミ,,゚Д゚彡 ◆FUSAGP69u. [sage] 投稿日:03/12/06 13:44 ID:
ボロいアパートに住んでました。
床の畳はふわふわ、台所はコンクリート、狭い部屋に親子4人で一杯一杯。

でもあの頃のほうが心が裕福だった。

49 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/12/10 00:28 ID:
親が転勤族だったため、いろんな所をあちこちと
思い出も出来たけど良い思いでは少ない・・・子供ながらに色々考えはあった
どうせまた引っ越しだろ?友達なんていらない!って・・・
一つ印象に残ってる場所、空き地のドラム缶は秘密の隠れ家。
親と喧嘩してそこに行くと同じくらいのトシの女の子が泣いてた。
同じ理由だった、一緒に泣いた・・・
あの子、どうしているだろうか・・

50 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/12/13 14:42 ID:
おまいら、ここ見れ。
http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WF_AirTop.cgi?DT=n&IT=p

マンションが建つ前、みんなで遊んだ空き地。
改築される前の小学校。
そして当時○歳の自分が中にいるであろう自宅。
みんなそのまんまここには残ってるぞ。

やべ、なんか涙が出てきた・・・。


60 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/12 22:26 ID:
>>50
遅レスだが、ここを教えてくれてありがとう。

75 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/22 00:19 ID:
>>50
S49年のとS58年の見たけど田んぼと畑と空き地が多かったなあと。
あれだけいた蛍やキリギリスや玉虫やカエルはどこ行ったのか。
今では同じデザインのマンションやアパートや舗装された駐車場だらけ。
こんな変わり方したら人の心もすさむんじゃないかと思った。

古き良き時代にはたしかに地域にいい意味での連帯感があった。
今あるのは悪い意味の個人主義でしかない。

76 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/01/22 12:29 ID:
>>74
私が小学生の頃住んでたところもすごくいい雰囲気の連帯感があった。
町の運動会とかも、負けたって楽しければいいじゃんって感じで。みんなが家族みたいな。

でも隣の地区に引っ越したら、そこはみんな見栄っ張りで意地汚くてすごく戸惑った。
運動会でも、勝つことしか考えてないし、負けたら責められたし、
レクで行ったプールのロッカーの鍵が一個なくなった時、最後までなくした人を探し出してた。
そんなのみんなで割って弁償すればたいしたことないのに・・・

ちょっと隣に行っただけなのにこうも違うのかと思った。
やっぱり環境で人間は変わるね。

57 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:03/12/31 14:48 ID:
不況だ、なんだと言いながら、今の生活は物質的には豊かになったと思わん?
今の生活で昔に戻ったら結構裕福なほうだよな、なんて思う。
でも、心の豊かさはどうなんだろうね?

63 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/01/14 13:54 ID:
5年に一度は引っ越している私だが、夢の中で帰るのはいつも同じ家。
1歳から12才まで住んだ一軒家で、近くに雑木林があった。
その中をつっきる小道は学校への近道だった。
グミや山桜の実を取って食べたりした楽しい思いでが沢山ある町だった。

今は雑木林はマンションが建ってて、家も新しいのに建て替わっているのに、
夢の中では大人になった今の自分が、あの小道を通ってあの家に帰る。

66 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/19 16:34 ID:
おととし、15年ぶりに幼稚園のころ住んでいたアパートを見に行った。
新幹線と特急で4時間、それだけのために。
駅からアパートまで、昔とは違い驚くほど近い。
通った幼稚園は、建物は残っているものの使われていないようだった。
そしてアパートは、取り壊しの工事が始まっていた。いちばん東端の、住んでいた部屋だけがまさにこれから取り壊されるために
残っていた。
前日に突然見に行こうと思いついたのだけれども、アパートが最後に呼んでいたのかな…と思った。

67 名前:ミ,,゚Д゚彡 ◆FUSAGP69u. [sage] 投稿日:04/01/20 09:19 ID:
>>66
泣けるね・・・

68 名前:ふう[sage] 投稿日:04/01/21 04:56 ID:
正月に弟が、兄さんこれ覚えてるかいと出してきたのは
船の舵のようなペンダントだ。
二人とも小学生だった頃、病弱だった母とお祭りの夜店で買って貰った物だ。
おれも、メッキが剥がれガラス玉も数箇所抜け落ちているが、捨てられずずっと持っている。

無くなった母と暮らした家は、無いかもしれないが風景だけでももう一度見たくなった。

近くの母とよく買いに来たパン屋。
いつも買うのは片隅の台に置いてある、茶色の紙袋に入った300円のを一袋だけ。
クリームパン、アンパン、ジャムパン全部中身が、はみだしていたりしている。
こげの強いメロンパン そんなハネ品ばかり一杯入っている。
「おかあさん、いろんなのが入ってる袋まだあったよ!」
ニコニコして持ってくる弟。

店を出て、おれ達に「お店の中で大きな声、出すんじゃないよ」
悲しそうに静かに話す母の言葉の意味が、おれにはなんとなくわかった。

母のいない?マス、二人の貯金箱をはたいて
イチゴが載ったショートケーキを、二つ買って ロウソクも二本つけて下さいって
言ったら、「これは?マスのプレゼントだよ」ってショートケーキより大きな、
板チョコもくれた店のおばさん。

その、パン屋さんも無くなってた、 一言お礼が言いたかった。

72 名前:ふう ◆Fuu/6Lut5I [sage] 投稿日:04/01/21 21:43 ID:
パン屋のあった跡を、右に曲がると通った小学校が見えてくる。
この小学校の運動会の朝、父が特製だぞと 朝早くから太巻きを作ってくれた。
弁当のふたの上の「すまん」と書いた紙に目が止まり、開けて見ると
父が、みようみまねで作った、でろでろのチラシ寿司みたいな太巻きに
半熟もいい所の、ゆで卵の黄身が染みていた。

あわてて、弟の所に行ったが 弟は笑いながら級友とすでに食べていた。
多分、上手に出来たのを選んで弟に入れたのだろう。
俺は一人家に戻って、母が好きだった紫色の桔梗が咲く小さな庭を見ながら食べた。

もう三人しか座ることがない、四角いちゃぶ台には
「お帰り、二人とも良く頑張ったね」と、父が書いたメモと
ちょっと黒く痛んだ、バナナが置いてあった。

73 名前:ふう ◆Fuu/6Lut5I [sage] 投稿日:04/01/21 22:23 ID:
さりげなく戻った、午後からの運動会。
それは俺ら兄弟には、一大事な種目があるのだ。

父兄同伴競技、 父は仕事でいない 母は空の上から見ている。
親との二人三脚、弟は担任の先生と力いっぱい走った。

俺は、全校生徒父兄の全面で 一人で思いっきり突っ走ってやろうかと考えていた。
自分達の班が呼ばれて、それぞれの親達も出てきた。
突然、「さあY君、お母さんの分も一緒に頑張って走るよ。」
隣近所の同級生のKさんのお母さんだった。
同級生のお母さんと走るのは、すごく恥ずかしかったけど だけどちょっと・・・。
Kさんはお父さんと走った、ゴールは俺の方が先だったけどKさんのお母さん喜んでた。

娘が負けたのにさ。俺、ちょっと遅く走れば良かったのかなって思ったよ。

80 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/24 00:06 ID:
映画でこの手のノスタルジーを味わうならシチリアが舞台の「ニューシネマパラダイス」だな。主人公もシブイ

81 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/24 00:33 ID:
>>80
イイネ!!
あの雰囲気はまさにセピア

82 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/01/24 01:43 ID:
>>80
俺も好きだ。でも金曜ロードショーだかで放送されたやつは大幅に切られてた。

83 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/01/25 00:35 ID:
小さい頃住んで居たのはピカピカの白い壁のマンションだった。
だけど先日見に行ったら薄汚れてひび割れたコンクリの壁だった。
建ってから30年以上たってるんだもんなあ。

94 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/02/08 23:16 ID:
小学生の頃住んでいた家は、東京の山手の下町にある、マンション。
もう18年位前 それでもそこは築20年以上。
4階建ての4階で、エレベータなんてものはついてなかった。
ふうふうと高い階段を、まわりながら上がって、1階につき2部屋ずつの右側の部屋がうち。
3畳ないくらいのキッチン。12畳くらいの居間。6畳の寝室。
安月給の父には大分無理した家賃。
古くて、お風呂場には小さな虫が沢山出てた。カビもたくさん。
でも、隅田川の花火がちいさくみえる、大きな窓がついてた。
トイレも洗面所もせまくて、古作りだなぁというのが小さな私にも
わかった。
でも、東京タワーが見えて、天気の良い日は富士山までみえるこの部屋を
私はとても好きだった。
母のスカートをはき、鏡台のまえでくるくるとお姫様ごっこをしたのも
この頃だ。
学校から歩いて6分くらい。親友の家はお寺で、裏道を嬉しそうにそこまで歩いた。
駄菓子屋さんをおぼえた。坂の多い町で、でも子供だった私には、
しんどいよりも、その坂を上りきって見下ろす、その町が好きだった。

昨年。
東京に勤め始めた私は、真っ先にその町にいってみた。

もう40年近くたっているであろう前の私の家は、
いまだ、そこに健在だった。
白く塗りなおした壁、オートロックになった玄関。
それだけが、月日のたったことを教えてくれた。
すこしほっとして、小学校への道をたどると、、、

そこには、私の通った学校が、幼稚園が、
まったく、違う建物で、建っていた。

すこし、切なくなって泣いた。

アーバンコートの、剥けば剥がれる舗装。
鉄板をはがして夏になると現れるプール。
一周、200mなんてない、グラウンド。
かどぶつけをした花壇。。

なくなるってこういうことなんだな、と思った。


すみません。長文で。駄文でした。失礼しました。

95 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/08 23:27 ID:
都会の学校は建て替え進んじゃうよなぁ。
そういや廃校になった学校が少なからずもある。
家が無くなっても、学校があるから面影残ってるけど、
学校も無くなったらもう面影は全くなくなっちゃうなぁ・・・

98 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/02/09 05:05 ID:
一昨年、実家が立ち退きにあった。
何十年も昔からの市の整備だとかなんとか。

どうみても道作る必要ないだろ?
ここに道とおして交通量ふえるか?

仕事で離れてた俺は荷造りに休みとって帰った。
実家には親父独り。お袋は他界しててもういない。
俺も親父も無言で荷造り。
家を壊す時は仕事で立ち会えなかった。
姉ちゃんが帰ってきて親父に付き添った。
親父は静かに泣いていたらしい。
親父とお袋が苦労して立てた家はもうない。

この間、はじめて実家跡にいってみた。
野ざらしの跡地が、そのまま残ってた。
道はできていない。

130 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/02/14 13:18 ID:
4歳頃まで古い六畳二間の市営住宅に住んでいた。家の中は白黒写真で確認しても
かなりボロイことが分かる。それでも若い両親は小さな俺を抱っこしてうれしそうな笑顔で写っている。
まさに小さな幸せを感じていたんだろうな。

134 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/15 22:12 ID:
いろいろな事で「もう、疲れた…」と思ってた仕事帰りに
ふと、昔住んでた家を見に行こうと思った。
学校に通ってた頃の帰り道をゆっくりと歩いてみた。
変わってしまった景色に「ああ、やっぱりあの頃はもうないんだな」って思ったけど
家の周りだけは、まったく変わっていなかった。なにもかもがあの時のままで。
家の窓から見えてた夏みかんの木もそのままあった。
皆と遊んだ路地も靴隠しの時に絶好の隠し場所だったアパートも
虹を見るため皆して駆け上った階段も全部全部残ってた。
涙でた。頑張らなきゃって思えた。あの家にいた時に抱いてた夢を叶えておいて
なに疲れたとか言ってんだって思って…今も頑張れてる。残っててくれてありがとう…


147 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/20 11:27 ID:
都心のど真ん中、高いビルの間に申し分けなさそうに建っていた家。
せまくて、いつもビルの陰。
住人は少なくて、学校は1学年1クラス。
余った教室の方が生徒のいるクラスよりも多かった。
治安も悪くて、毎日パトカーが何時間かに一回通って、
月に一度はどこかでヤクザの小競り合いがあったりした。

時期はちょうどバブルの真っ最中。僕らは地上げにあった。
家のあるところに新しいビルが建つ計画が立って、僕らは出なければならなくなった。

引っ越してから、何度か家を見に行った。
足場の中でだんだん形を失っていく家。
ありがとう、さようならって何度も心の中で言った。

何年か後、バブルがはじけて結局ビルは建たなかった。
あれからまた人がいなくなって、小学校は廃校になった。
だだっぴろい駐車場のままでも、僕には家のあった場所がはっきりわかる。
解体中、こっそり貰ってきた壁の一部は、今でも宝物だ。

155 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/24 21:41 ID:
昔住んでいた家は、普通の家と造りが少し変だった。六畳と四畳半の部屋がある建物が
2組。その間を渡り廊下がつないでいる。その渡り廊下部分が玄関になっていて、入ると
いきなり渡り廊下に登らなきゃならない。その廊下が地面から80cm位あるもんだから、
子供だと結構大変。まさに敷居の高い家だった。俺が高校に入る頃に取り壞して、新しい
家に建て替えてしまったけれど。
俺が社会人になってから、お袋と昔話をしていて、昔の家の亊が解った。

鷄 小 屋 だったそうだ(汗)

両親が結婚する時に、親戚の方から貰い受け、改造して人が住めるようにしたんだそうで。
親父が日曜大工が好きで、基本的な改造が終わってからも、あちこちいじりまわしていた
らしい。
今となっては写真でしか見ることは出来ないけど、懷かしくもあり、苦笑いしたくもあり
複雜だったりする。

156 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/02/25 00:10 ID:
私が幼稚園を卒園するまで住んでいたマンションはきったなくて周りは工場
ばっかで空気も汚れてた。
ゴミの日のゴミ捨て場は異常に匂って、そこに捨てられてた人形の目が怖かったのを
今でも覚えてる。
それでも記憶に残ってるのは良い思い出ばかり。
よくお父さんとバイクやチャリンコに乗せて公園まで行ってた。
お菓子欲しさに紙芝居のおじさんを追っかけて、夕方のサイレンが鳴って慌てて
家に走り帰った。
私の生まれた総合病院にママンが入院して、手術の立会いに行った時、ふと
バスから景色を眺めていたら懐かしさのあまり涙が出て来た。
両親も健在だし幸せなのは何一つ変わっていないけど、あの頃の日常はもう帰って来ないと
思ったら妙に悲しくなった。
競争しながら家に一緒に帰ったママン。今は車椅子で走る事も出来ないけど、
心は病まずあの頃と同じくらい元気。
孫の顔見るまで長生きしてね。

160 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/03/12 00:57 ID:
幼稚園年長〜高2。
家族初めてのマンションで、しかも窓の広い3階。

そこまではいい。
問題は、すぐ下を京急線が通っていたことだ。
電車が通るたびに、ごごおおおおおおという大音量の音。
その度にテレビのボリュームを上げる、大声になる、録音がぶちこわしになる(たまに)
でも子どもだったのでそれが普通だと思っていた。

そして下の兄貴と共用の、6畳の子ども部屋。
ついたてを立てて背中を向けて机に座っていたのだが、
しょうもない事ですぐ喧嘩してついたてをゴンゴン倒しあう。
キレた親は工事屋を呼んで壁を作ってしまった・・・。
約3畳の細長い部屋・・・さらに取り付けられたアコーディオンカーテン・・・

でも、よく夢に見る。懐かしい。

164 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/03/26 00:50 ID:
偶然、小学校まで住んでいた町に立ち寄った。(現在は10駅ほど離れたところに住んでいる)
ちょうど通っていた幼稚園の近くだったので、かつての家までの道を歩いてみた。

母親に手を引いてもらって歩いた、あの無限の長さのように思われた坂が、ほんのちょっとの距離だった。
背の高い植木のせいで見えなかった道すがらの家の中が、横目で見るだけでのぞけた。
土曜の昼にいつも買っていたパン屋は、コンビニになっていた。

たった十五年しかたってないのに。

179 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/04/24 01:33 ID:
何年か振りでばあちゃんの家の跡を見て来ました。マンションになってました。
おれが居候していた部屋があった場所には、やっぱり部屋があって。もちろん新しくなったのだけど。
それでもそこには明かりが点っていて。その部屋の人はやっぱり同じようなことで楽しかったり、悲しかったりしてるのかな。
そんなことを思いました。
でもね、そこには庭もあったんだ。こおろぎが鳴いてた。その鳴き声があの頃どれだけ支えになっていたか。
夜になると真っ暗だった近所の町。携帯もメールもなかった頃。たった一人だった。遠くを走る夜汽車の音。
今年はきっと墓参りに行くからね、ばあちゃん。


181 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/04/28 02:34 ID:
うちの近所のオンボロ社宅がとうとう取り壊される模様。

2年くらい前に人がドバッと居なくなり、
干してある洗濯物から察するに、30部屋に3世帯くらいしか
残っていなかったんだけど、いよいよ立ち退きさせられちゃったみたい。

別に自分が住んでいたワケじゃないけど、
見慣れた昭和の残滓が、またひとつ消えていくのは、
やっぱり寂しい物ですね。

185 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/05/07 19:11 ID:
30年前、0〜3歳まで住んでたアパートがまだあった。
ヒトも住んでる。
バラみたいな模様の窓ガラスもそのまま。
郵便ポストに、10円玉でスリスリして貼り着けた電車のシールもそのまんまだ。
あまりジロジロ見てるとやばいので、すぐに立ち去った。

189 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/05/15 01:04 ID:
今年24になる私がそこから離れて、もう14年も経ってしまいました。

それは東北最北端の青森のさらに北の方。そんな田舎の町に住んでいました。
私が住んでいたのは棟割の県営住宅。丁度、二階建ての小さな家が五つ程並ん
だものがいくつか有るタイプの県営住宅でした。窓からは七竃の並木道が見え
ていて思い出す度に鮮明に七竃の赤い実が浮かびます。

よく遊んだ女の子の友達。私の住んでいる団地からはちょっと離れた家に住ん
でいた彼女とは家族ぐるみの付き合いをしていました。しかし小学四年生の冬
に父の仕事の関係で転校する事になり、そうしてそこで過ごす最後の春休みが
来ました。まだ雪の残る道をその女の子と歩きながら、彼女は「もうきっと会
えないんだね」と言いました。私が「そうだね」と言うと、彼女は「でも手紙
は書けるからさ」と笑ってくれました。その時私は彼女の目も見ず「そんなこ
と言ってもきっと高校生位になったら忘れちゃうよ!」としか言えませんでし
た。

最後の日にトラックからみた彼女の精一杯の笑顔を見た時、死んでしまう人を
見ているような気持ちにさせました。そうして私はそこから離れました。

新しい土地で過ごす残りわずかな春休み。道をいくら歩いても遊ぶ友達も無い
し新しい家も落ち着かず、ただ闇雲に新しい通学路の道を何度も往復しながら
私の居場所はここじゃない、と思っていました。だってここには七竃が無いか
ら。あの七竃の見える場所が私の帰る家なのに。そう思いながらどこに向かえ
ばいいのかわからない私がいました。

あれから数年。あの時言った言葉はその通りになってしまい、高校に入る頃に
は手紙のやり取りもなくなっていました。…あんな事言わなきゃよかった。本
当に言った通りになってしまいました。

今ではこっちで友達もたくさん出来て楽しく暮らしていますが、七竃を見ると
あの頃住んでいた家に帰りたく思います。話ではもうその団地も無いそうです。

191 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/06/06 00:03 ID:
二度と辿り着けない祖父母の家。

小学校の頃、よく泊まりがけで行ったっけ。夏になると二階は暑くて、窓を開けて寝た。
窓には紺色の金魚柄のレースのカーテンが下がっていたよ。
夜、二階の窓から見える景色を思い出す。貨物列車の汽笛が聞こえた。
遠くに見えるテレビ党の赤いライトの点滅が、なんとも物寂しい雰囲気だった。
そこは今は亡き、叔母の女学生時代の部屋で、叔母が描いた絵なんかが
無造作に置いてあったりした。小さな鏡台。古くて大きくて重そうな和箪笥。
座机。

応接間で夜、テレビを見た。見ている途中、ソファで本を読みながら
叔母さんは寝てしまっていたね。お祖父ちゃんはいつも自分の椅子に座って
新聞を読んでいた。その場面が蘇り、夢に出てきたら、目覚めた時、私は泣くかも
しれない。

192 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/06/06 00:47 ID:
去年、4年付き合った彼女と結婚した。
今年のゴールデンウィーク、どうしても見せたい場所があるからと
帰省ついでに大昔住んでいたアパートに連れて行った。俺が産まれ、育った場所。
もうすぐ着く頃に、アパートの屋根が見えた。
まわりに高い建物なんか無いから、すぐにそれだと気付いた。
看板こそ以前よりも新しいものに変わっていたけど名前もそのまま、
だけど俺と家族が住んでいた部屋のあった1階は、いつのまにか駐車場に変わり
そこに俺の思い出は無かった。
「ここが見せたかった場所?」とカミさんが聞いた。
「そうだよ、俺が産まれて育ったのがこの場所。アパート自体はあっても
部屋が無くなってる・・・思い出が無くなっちゃった感じで寂しいな」
そしたらカミさんが微笑んで「思い出が無くなったってのは違うでしょ?」と。
「時間が経って部屋は無くなったかもしれないけど、心の中の大切な思い出が
無くなってないから、ここに来たんだよね?
大切な思い出だから、連れてきてくれたんだよね?」
そう言われて涙が出た。
なんとなく、だけど、この人と結婚してここに一緒に来れて良かったと思った。


195 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/06/26 19:06 ID:
俺は今日の朝方押し入れの奥を探していたら古びた仮面ライダーの人形を見つけて思い出した。

ひいばあちゃんが最後に買ってくれた物だった
・・俺の家庭は共働きな為に良くひいばあちゃんの家に行っていた。

狭いながら居心地の良い部屋、畳の匂い漂う床。
何時も行くとアイスクリームを買ってくれた。

百円のアイスクリーム、今は安っぽいと思うが昔は一番のご馳走だった。
そして当時の俺は叶うはずも無い夢をひいばあちゃんに語っていた。
「大人になったら仮面ライダーになって皆を守る」

こんな夢を語っていた少年時代。
で、ひいばあちゃんは何時も真剣に聞いてくれた。
そしてひいばあちゃんが死んだ日。

ガキの俺には何が何だか分からなかった。
一つ覚えているのはひいばあちゃんの棺桶に大事なもう一つの仮面ライダー二号の人形を入れたこと。

そして久々にひいばあちゃんの家へ行ってみた。
まだ借家として残ってた・・胸が痛くなる。

そして周りを歩いていった・・・
お菓子を買ってくれた駄菓子屋。
一緒に金魚を放流した小さい川。
流石に駄菓子屋は潰れていたが家だけは残ってた・・・

あの時夢を聞いてくれたひいばあちゃん。
有り難う。


207 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:04/08/26 03:14 ID:
16歳の冬、僕はこの家に引っ越してきた。
僕の部屋の窓からは前住んでいた団地が見える。そんなに近い思い出の家。
産まれた時からずっと暮らした団地は本当に小さかった。
キッチンと6畳の部屋が1部屋に3畳の部屋が1部屋。廊下も無く襖だけで区切られていた。
よくそんな家で家族4人生活していたものだと感心してしまう。
そんな狭い家の中は、常に家族の笑い声が響いていた。
あんな小さな家だったからこそ家族仲良く暮らせたのかな。

引っ越して5年。前の家の付近は引っ越してから一度も行っていなかった。
近いから特別昔を懐古することもなかったし、行く機会も無かった。

そして今年の成人式の日の夜。
当時同じ団地に住んでいた幼馴染と一緒に団地に行く事になった。
懐かしい話に盛り上がる僕達を待っていたのは変わり果てた団地の姿だった。
横の道には放置自動車の列。1Fのテナントの店は「貸し店舗」と書かれたシャッター。
ボロボロになったポストに見覚えのある苗字など無く、代わりに見慣れない文字で綴られた名札。
入居者は全戸数の3割にも満たない。
僕達は言葉を失ってしまった。
懐かしい景色はそこになかった。
家中に響く笑い声は聞こえず、頬を刺す冷たい風の音だけが響いていた。

208 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/08/26 18:43 ID:
 俺が新宿に住んでいたのは今から30年も前、幼稚園のときのことだ。
大通りからは奥まった所にあって、家の前の小道の出口には花屋と焼き鳥屋と
駄菓子屋があったのを覚えている。駄菓子屋ではよく仮面ライダースナックを買ったもんだ。
 家は木造の平屋で、結構広かった記憶があるが、とにかく古い家だった。
トイレはくみ取りで、トイレットペーパーではなく「ちり紙」だった。
俺は毎晩、赤いワニのぬいぐるみを抱いて寝ていた。ある日、軒先に干しておいたら
雨が降ってきてグショグショになり、そのまま親に捨てられてしまった。
その悲しさと怒りはお袋となぜか軒先の板に向かい、板をぶち割ったりもした。
友だちのことは覚えていない。近所の子どもの中で年が一番下でイジメられてたし。
 家の裏には小学校があった。卒園したらそこに通うはずだったけど、卒園前に引っ越した。
俺の住んでいた家が無くなるなんてその頃は思いもしなかった。
親と同じように永遠にあるもの、と錯覚していたから、小中高大、就職してからも
一度も戻って見てみようなんて思わなかった。というか、毎日が忙しすぎた。

 時が過ぎ、俺は結婚式を新宿で挙げ、その晩、散歩がてらに妻を連れて生家に向かった。
「運動会の時期は裏の小学校から歓声が聞こえてきてさ……。
 花屋の隣に焼き鳥屋があって、おでんの屋台を引くおじさんが……」
と、なんとなくワクワクしながら歩いて行った。
やめときゃよかった。
 家のあった場所は、よく言えば資材置き場、正直、産廃置き場みたいになっていた。
花屋も焼き鳥屋どころか、小学校さえも跡形もなく消えていた。
時代に取り残されたように家の周辺は寂れに寂れ、地上げの後遺症が見えるようで痛々しかった。
ふと顔を上げればそびえ立つ都庁やビル群が間近に見える場所なのに……。
 新婚の妻が隣にいるにもかかわらず、呆然と立ちつくして声もださずに涙を流した。
子どもの頃にいつも抱いて寝ていた赤いワニのぬいぐるみが、なぜか心によみがえってきた。

209 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/08/26 23:05 ID:
6才から高1まで過ごした家は、狭くて暗くて汚くて
友達にも見られたくなかったけど、
流行ってる商店街の真ん中に立ってたんで
あの汚い家があいつの住んでるとこだぞってバレバレだった。
実家はもっと広かった、もっと明るかったと愚痴ばかりこぼしていた母
潜水艦に住んでいると思えば楽しいじゃないかと笑っていた父。
広くて明るい家に引っ越したときは、それはそれは嬉しかったよ。

阪神大震災で、あの家は商店街ごと燃えてしまった。
お向かいのおばちゃんも、裏のおっちゃんも焼け死んでしまった。
あの家に住み続けていたら、俺も死んでいたんだろうな。
毎年1月半ばになると、関西では震災特集番組が流れる。
それを見ながら俺は一人で泣く。
何に対して泣いてるか自分でもわからんが、
大切な大切な何かを失った気がして、涙がこぼれる。

212 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/08/28 01:09 ID:
3年前の大学時代、付き合ってた彼女。すごく明るくて、笑顔の可愛い人でした。
そんな彼女の住んでたアパートは6畳一間のぼろいアパートでした。
当時同じくらいのボロアパートに住んでいた僕。
いつも彼女の家にいて半同棲状態でした。

二人で買出しいって彼女の作る料理を食べた後
いっつも発泡酒飲みながら、くだらない話や将来の事とか
語ってました。そういえば初めてキスした場所も彼女のアパートでした。
結婚したら、もっと大きな家に住みたいって彼女はよく言ってました。

そんな生活を続けて3年、大学卒業まじかになって
彼女は突然僕の前からいなくなってしまいました。
信号無視の交通事故でした。彼女を失った僕は
大学も辞め、自暴自棄な生活を送っていました。

213 名前:212[sage] 投稿日:04/08/28 01:10 ID:
彼女が死んでから僕は一度も彼女のアパートを訪れませんでした。
けどこのスレを読んで、僕は今日彼女の住んでいたアパートに
行ってみようと思いました。電車で一時間程いくと彼女と暮らしていた
あの街に着き、あの交差点を過ぎると彼女の住んでいたアパートというところまで
来て、僕は足を止めてしまいました。僕は何の為にここにきたのだろう?
何を見に来たのだろうと急に言いようのない不安に襲われ怖くなってしまいました。

勇気をだして彼女のアパートの前に来ると、彼女のアパートはそこに有りました。
しかしアパートを見た瞬間彼女の顔、声、思い出が一斉に僕の頭の中に吹き出してきて
僕は涙が止まりませんでした。

アパートは良く見ると新しい塗装がしてあって、彼女住んでいた部屋には
新しい住民がいるようでした。僕は彼女との時間を思い出すと同時に
この三年間で僕以外の周りの時間が進んでいる事に初めて気がつきました。

すこし新しく見えるアパートを眺めているうちに、なんとなく彼女から
励まされているような気になりました。うまく言えませんが
「私はいないけど、私との思い出はここにあって、
けどあなたの時間は確実に動いているのだから、立ち止まってないないで
しっかり前を向いてね」と彼女が言ってくれた気がしました。

このスレ読んでよかった。本当に感謝します。

瞳へ

僕はまだ瞳を完全に思い出にするには時間がかかりそうだよ。
けど、明日から僕は前を向いて生きていこうとおもう。きっと
瞳がそう思ってくれてると今日感じたから。
少し自分の心に整理がついた気がするよ。明日から少しでも
変われるように頑張ってみるよ。

長文&駄文すいません。でも書かずにはいられなかった。

239 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:04/11/28 08:33:35 ID:
ずいぶん長い時間 あたしは夢を見ていたの
今はもうない あの家の小さな木によじ登って
縁側で揺れる白いブランコ
その向こうにはおじいちゃんの自転車
洗濯物に今日もじゃれては
大好きだった犬がほえている

2階の広い窓からは大きな川が見えたの
この部屋でよくあたしは写真を撮ってもらったの
テーブルのレースを肩までかぶって
鏡の前ですましていたら
父さんの描いた 母さんの絵が
ミロのビーナスの横で怒ってた
ひとり床に転がっていたら
「ごはんだよ」って声が響いてきた

あなたに見せたかったな
この家で過ごした日々を
もう少し傍にいてね このまま
あなたが思い出させてくれたの

by 服部祐民子 「家」


259 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2005/05/08(日) 18:33:32 ID:
昔住んでいたアパートは狭くてボロボロで当然お風呂もなくて
友達を呼ぶのが恥ずかしいくらいの家だった。
そんな私達姉妹の心情を察してか、両親(特に貧しかった母)が
無理をして郊外に一戸建てを買った。
「これでお前達がお嫁に行っても帰ってくる家がある。
友達もたくさん呼んだらいいし彼氏ができたら連れておいで」
と母は引越しの日、嬉しそうに行った。

私も20代半ばになり、何度目かの彼氏ができてその彼もうちに遊びに来た。
結婚の話をするようになって昔住んでいたアパートがなぜか急に見たくなり
夜になっていたが一緒に行ってみた。
15年以上も経っていたのにそのアパートはまだあった。そのまま。
私が住んでいた頃は満室だったそのアパートももう人気はほとんどなく
住んでいた202号室もドアが打ち付けられていた。
時間に置いてきぼりにされたようなその空間の周りは大きなマンションが立ち
新しいスーパーやきれいな民家が立ち並んでいた。
一緒に遊んだ友達や学校の先生を思い出して何とも言えない気持ちになった。

それから少しして籍も入れる予定で私はその彼と一緒に住みはじめた。
山の手沿線すぐそばの都内の古めのマンションは彼がもともと住んでいた所。
でも住みはじめたら「私の家」にもなっていた。
それから数年経った。
私達の家になるはずだったこのマンションから私は再来週出て行く。
戻るのは両親が用意してくれた帰る家。
すぐに都心に出られるここに比べたら本当に何もかもが不便な実家。
でもこっちに来たばかりの頃は田んぼしかない実家が恋しかったっけ。
いつ帰ってきてもいいようにといつもきれいに掃除されていた自分の部屋に戻って
多分、私は泣くんだろう。

あのアパートにように
このマンションが「昔私が住んでいた家」になるのはいつなんだろう。

271 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2005/07/07(木) 01:17:47 ID:
最近、機会があって小学生の頃住んでいた団地を見に行って来た。
17、8年振りかな?
丁度、団地群の端から次々と解体されていく現場だった。
もちろん、住んでいる人はもう誰もいない。
その名残りを見られて幸運だったというべきかもしれない。

当時小2、住んでいた家を不審火で失い、
あまりのショックで呆然としていた俺。
(今にして思えば、家族全員無事だったことに感謝すべきだが)
もともと内気で友達も多い方ではなかった。
その町へ引っ越して転校した学校での初日、
不安でどうしようもなかった俺に、
「家はどこ?」
「一緒に帰ろう!」
と、帰り道は十数人でゾロゾロと帰った。
家が反対方向の奴も居たはずなのに。
あんなに「救われた」という気持ちは、その後も経験することは無かったよ。
その中の何人かとは、仲の良い友達になってずいぶん遊んだ。
音信が途絶えて久しいが、奴らは今どうしているだろうか…

工事現場の中で、当時住んでいた家を見つけることができた。
茂った雑草をかき分けて窓から中を覗いてみた。
思っていたのとは少し違って見えたが、何となく面影は残っていた。
当時は全く感じなかったが、5人家族で住んでいたにしては
狭すぎるんじゃないかと思った。
でも楽しかったなあ…。
あの頃は毎日が輝いていた。
今とは大違いだ… orz
思い出してちょっと泣きそうになったけど
同行した弟(当時は幼く記憶がない)には悟られない様に
「お前、覚えてねーのか?俺たちこんなきったねー所に住んでいたんだぞ。」
と嘯いて、帰りました。

もう記憶の中にしか存在しなくなったが、
確かにあの時は存在していた。
人生はもう終わったと半ば絶望していたけれど、
もう少し、ほんの少しだけでも頑張ってみようと思いました。

長文すいませんでした。

275 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2005/07/11(月) 09:26:21 ID:
小さな頃に、近所の駄菓子屋にいたおっちゃん。
一日中暇なのか、ずーっと外を見てるらしくて
いつのまにか私の祖母の顔まで憶えてた。
「さっき、あんたのばーちゃん通ったで?」
しっかり当たっているのである。子供ながらに凄い観察力だと思った。
このおっちゃん、スゲェ!いつもそう思ってた。
すぐ隣りに綺麗なお菓子の店があったのに、
向かうのはいつもその駄菓子屋だった。
お小遣いを数10円しか握ってない子供には、
1個10円とかの駄菓子が、めちゃくちゃ嬉しかったから。

でもある日、その駄菓子屋は閉まってて
次の日に行っても閉まってて…。
おかしいなとは思ってた。でも、深く考えてなかった。

数ヶ月後、夜が更けた頃だったかな?
ずっと閉まったままだった駄菓子屋の扉が開いてた。
「開いてる!」そう思って中を覗いてみた。

病院から、おっちゃんが帰ってきてた…。
冷たい、姿になって…。

おっちゃん。おっちゃんは戻ってきたけど…
もう「あんたのばーちゃん通ったで?」って
言ってくれないんだな。ビビらせてくれないんだな。
「これいくら?」ってのが聞こえなくて
「え?!」「え?!」って何度も繰り返す時も
ずーっと微笑んでくれてた、おっちゃんの顔
もう、二度と見れないんだな…。

私は、おっちゃんが入院してることさえ知らなかったけど
うん…、お疲れ様。 そして、おかえり…。

私は大人になって、今でもその場所を通ることがあるけど
なんでだろ…、おっちゃんの姿を何度か探したよ。
もういないって、わかってるんだけどなぁ。
おばちゃんも、何だか急に年老いて…寂しそうだよ。

もう駄菓子屋じゃないけれど、今でもその場所は存在してる。
なのになんでだろう。ものすごく寂しい…。

ありがとうって、言えなかったからかな。
ばいばいって、言えなかったからかな。

ちょっと耳が遠くて、面白くて、優しくて
凄い観察力のおっちゃんのことを思い出すと

今でも時々…
ちょっとだけ…、涙が出そうになるんだ。

276 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2005/07/19(火) 02:10:45 ID:
5年前、生まれてから17年間住んでいた家を引っ越した。
家族のみんなは引っ越すのがうれしかったみたいだ。
設計段階から大騒ぎで。
でもおれはうれしいどころか悲しくて仕方なかった。
ものごころつかない時からずーっとおれを育ててくれた家なんだから。

引越しはおれの関係ないとこで進んでるみたいだった。
新しい家は住んでたとこから電車で15分、しかも同じ路線だったから、
引越し当日は朝古い家を出て学校へ行き、で帰りはそのまま新しい家へ直行。
全然引っ越した実感がなかった。

新しい家に着いた日の晩、おれは家族に隠れて泣いた。
もう誰も住んでない家が、一人取り残されたようでかわいそうでかわいそうで・・・
本当に大泣きした。

次の日もまたおれは泣いた。
で三日目、住んでいた駅にある床屋に行きがてら、数日前まで確かに生活してた家に寄ってみたんだ。
当たり前だけど誰もいなくて、なんにもなかった。
そこでおれはまた大泣きした。
泣きながら思ったんだ、たぶんおれにとってこの家も含めて「家族」だったんだろうなって。
ちゃんとお別れを言わなきゃって思った。
今まで本当にありがとうって。また寂しくなったら来るからって。
引越しの日は言えなかったことを言えたような気がして、おれは本当にすっきりしたのを覚えてる。
その夜からもう泣くことはなくなった。

本当に狭い家で、おれの部屋で家族みんな寝てたけど、
試験勉強のときとかみんなを起こさないかひやひやしてたけど、
洗面所もなくて、テレビも1台しかなかったけど、
そんな家のおかげでウチの家族は仲がよいのかもしれないな。
今あらためて思うわ。
ありがとう、おれの家。

289 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2005/09/02(金) 02:17:28 ID:
学生時代に住んでいたボロアパート。
子供の頃から何かと辛く当たる親についに切れ、殴り合いの大喧嘩の末、
バイトで貯めた貯金をはたいて家出同然に出てきた。
家賃が凄まじく安いかわりにほとんど日の差さないようなところだった。
意地で学校は辞めなかったから、早朝バイト、昼中学校、夜遅くまでバイト、
と疲れてたけれど、「いつまで寝てるんだ!」「何でこんなに早く寝るの!」という
罵声におびえずに眠ることができ、粗末ではあったけれど「何でそんな嫌そうに食べるの!
だったら今日は何も食べるな!」と怒鳴られることなくゆったりとご飯を食べることができた。
風呂に好きなだけつかれたのも初めてだった。
それに、大家のおじいさんおばあさんが本当に優しくしてくれた。
すぐそばで酒屋さんをしていて、家賃を払いに行くと「お酒飲む?店のもので悪いけど」って
ビールやおつまみ、調味料やはては「夕食の残りだけど」とおかずもくれた。
風邪引けば病院連れて行ってくれて、お粥や玉子焼きを差し入れてくれた。
熱のある身体で動かなくてもいい、という幸せを初めて知った。
就職して東京へ行くことになり、アパートを出るとき、「綺麗に住んでくれたからいいよ」と、
わずかだったとはいえ敷金を全額返してくれた。それどころか、「就職のお祝い」とビール券までくれた。

あれから10年。たまたま大学のある街を訪ねる機会があった。
大家さんが経営していた酒屋も、アパートも月ぎめの駐車場になっていた。
何があったのかは判らずじまいだった。

今はあの部屋よりずっと綺麗な部屋に住んでいる。
けれどあの部屋が無性に懐かしくなる。初めて安息と、人の優しさが身にしみた
あの部屋が。

302 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2005/12/03(土) 11:34:46 ID:
昔住んでいた家
地震で半壊になって、それでもなんとか修理して暮した家
祖母との思い出が詰まった家
今はもう家族誰も住んでいない家
借りてくれる人もいなくなった
手放さなければならなくなった
「もうおばあちゃんがいいよって言ってるんだよ」と母は寂しそうに言った

買ってくれた人がいた
大工さんだった
この家を修理しながら住んでくれるそうだ

まだまだ家族で住んだ家はなくならない
これからも新しい家族にかわいがってもらいながら
ずっとそこに在り続けてくれる

ありがとう
どうか、かわいがってあげてください
古いけれどとても優しいお家です
幸せに暮してください
よい思い出をいっぱい作ってください

366 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2009/02/20(金) 18:21:42 ID:
小学2年まで住んでいた田舎のボロ一軒家

当時は父親も健在で、貧しいながらも満ち足りた生活を送らせてもらっていたと思う。
誕生日に初めて1ホールサイズのケーキを買ってもらった日には夜中まではしゃいでいた。

父が事業に失敗して自殺してからは、母と妹と弟3人で何とかやってこれた。

たまたま仕事の関係で当時の自宅の近くまで来た時、ふと自分の住んでいた所を見たくなって行ってみた。

俺たちのボロ一軒家はすでになく、近代的で立派な家が建っていた。
中からは子供の笑い声も聞こえてきた。

不覚にもボロ泣きしてしまった。
当時の思い出、親父の手のひら、1ホールのケーキ、家族の笑顔、色んなものが浮かんでは消えて、車の中でしばらく大号泣した。

367 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2009/02/20(金) 18:31:16 ID:
>>366
後に住んだ家族の幸せが
その場所が抱えた悲しみを
供養してるのかもね

368 名前:366[sage] 投稿日:2009/02/20(金) 18:44:59 ID:
>>367
ありがとう
そう考えると楽になるよ。

来年俺も結婚だから、子供ができて誕生日きたらでっかいケーキ買ってやろうと思ってる。

379 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2009/06/19(金) 22:58:14 ID:


「さるもも」
きっとここに相応しい動画だと思うので。


▼オススメ一覧▼
タルタロス(あらゆる面で斬新なアクションMMO。魅力的なキャラやストーリーにも注目です)



夜のピクニック

年齢を重ねてわかったこと

もしかして自分の家は貧乏じゃないかと気づいた瞬間

妹や姉がいてよかったと思うこと

お前らの知ってる最高の名言を教えてくれ

"働く"ってこと、どう考えてる?

働 い て み て 気 が つ い た こ と

睡眠時間が一日3時間で充分になる秘術

健康上の事で悩んでる奴来い

過眠症の奴ちょっと来い

人見知りにしか分からないこと

話の下手な人にありがちな会話パターン

一人が好きな人の特徴とは

人の悪口を全く言わない人間ってすごいよな?

「あ、もうコイツとは関わらない」と思う奴の特徴

意味のない嘘をついちゃう奴いない?

期限ギリギリまで行動できない人

ニ  ー  ト  し  て  わ  か  っ  た  事

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