「舟を編む」が6冠、真木よう子は35年ぶりの「ダブル受賞」

top_37
第37回日本アカデミー賞の授賞式が7日、東京都港区のホテルで開かれ、石井裕也監督の「舟を編む」が作品賞や監督賞など最多6部門で最優秀賞を受賞した。

「舟を編む」は三浦しをんさんの同名小説が原作。ある出版社の辞書編集部に集められた個性的な面々が、歳月をかけて新しい国語辞書作りに挑む姿を描いた。

主演男優賞は同作の松田龍平さんが受賞した。主演と助演の各女優賞は真木よう子さんがそれぞれ「さよなら渓谷」「そして父になる」で受賞。俳優部門のダブル受賞は第2回の大竹しのぶさん以来35年ぶり。助演男優賞は「そして父になる」のリリー・フランキーさん。

アニメ作品賞には宮崎駿監督の「風立ちぬ」が選ばれ、外国作品賞はトム・フーパー監督の「レ・ミゼラブル」が受賞した。
【リンク】日本アカデミー賞、「舟を編む」が6冠 - MSN産経ニュース


真木よう子さんによる、主演女優賞と助演女優賞の「ダブル受賞」は、史上二人目の快挙です。

おめでとうございます!

002


「ジブリ対決」となった最優秀アニメーション作品賞は、「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)を抑え、「風立ちぬ」(宮崎駿監督)が受賞しました。

宮崎駿監督、有終の美を飾れたみたいです。

001


最優秀音楽賞は、「かぐや姫の物語」「東京家族」「風立ちぬ」の3作品でノミネートしていた作曲家の久石譲氏が、「風立ちぬ」にて受賞しました。

久石譲さん、活躍しすぎでしょ。

久石譲 - Wikipedia

004l



日本アカデミー賞の概要

日本アカデミー賞(にっぽんアカデミーしょう、にほんアカデミーしょう、Japan Academy Prize、Japan Academy Awards 、Japanese Academy Awards)とは、1978年(昭和53年)4月6日から毎年催されている日本の映画賞。主催:日本アカデミー賞協会。アメリカ合衆国のアカデミー賞を模し、暖簾分けとして設立された。

1977年(昭和52年)までは毎年11月に京都市民映画祭が開催されており、同映画祭は大映・東宝・松竹・日活・東映らの京都で製作された映画の中で、部門毎に優秀賞を贈呈し、全国的な賞として取り上げられていた。

松竹会長・城戸四郎は、更なる賞のステータスを上げる映画賞を1975年(昭和50年)から模索してきたが、資金面での見通しが立たず難航。その後、電通が音頭を取り放送局に日本テレビを斡旋。東映社長・岡田茂を中心に、松竹・東宝・東映・大映の大手4社と業界関係者らの協力により、3か月間で第1回開催にこぎつけた。このため、京都市民映画祭は日本アカデミー賞が発足された同年から催されていない。

運営費の主要財源は、各映画会社の分担金や授賞式の放映権料である。同趣旨の映画賞に、英国アカデミー賞がある。フランスのセザール賞もアカデミー賞を参考に創設されたものだが、暖簾分けの形式は採っていない。
【リンク】日本アカデミー賞 - Wikipedia


意外と歴史が浅いんですね・・・

ちなみにアメリカの「アカデミー賞」は、1929年に第1回が開催され。今年で86回目となります。

歴代の最優秀作品賞受賞作

第01回 1977年 幸福の黄色いハンカチ(山田洋次)
第02回 1978年 事件(野村芳太郎)
第03回 1979年 復讐するは我にあり(今村昌平)
第04回 1980年 ツィゴイネルワイゼン(鈴木清順)
第05回 1981年 駅 STATION(降旗康男)
第06回 1982年 蒲田行進曲(深作欣二)
第07回 1983年 楢山節考(今村昌平)
第08回 1984年 お葬式(伊丹十三)
第09回 1985年 花いちもんめ(伊藤俊也)
第10回 1986年 火宅の人(深作欣二)
第11回 1987年 マルサの女(伊丹十三)
第12回 1988年 敦煌(佐藤純彌)
第13回 1989年 黒い雨(今村昌平)
第14回 1990年 少年時代(篠田正浩)
第15回 1991年 息子(山田洋次)
第16回 1992年 シコふんじゃった。(周防正行)
第17回 1993年 学校(山田洋次)
第18回 1994年 忠臣蔵外伝 四谷怪談(深作欣二)
第19回 1995年 午後の遺言状(新藤兼人)
第20回 1996年 Shall we ダンス?(周防正行) ※史上最多の13冠を獲得。
第21回 1997年 もののけ姫(宮崎駿)
第22回 1998年 愛を乞うひと(平山秀幸)
第23回 1999年 鉄道員(ぽっぽや)(降旗康男)
第24回 2000年 雨あがる(小泉堯史)
第25回 2001年 千と千尋の神隠し(宮崎駿)
第26回 2002年 たそがれ清兵衛(山田洋次)
第27回 2003年 壬生義士伝(滝田洋二郎)
第28回 2004年 半落ち(佐々部清)
第29回 2005年 ALWAYS 三丁目の夕日(山崎貴)
第30回 2006年 フラガール(李相日)
第31回 2007年 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(松岡錠司)
第32回 2008年 おくりびと(滝田洋二郎)
第33回 2009年 沈まぬ太陽(若松節朗)
第34回 2010年 告白(中島哲也)
第35回 2011年 八日目の蝉(成島出)
第36回 2012年 桐島、部活やめるってよ(吉田大八)
第37回 2013年 舟を編む(石井裕也)


監督別に見ると、山田洋次監督による作品が4作品で最多。
次いで、今村昌平監督と深作欣二監督の3作品となっています。

日本アカデミー賞と「ジブリアニメ」

第21回(1997年)では、「スタジオ・ジブリ」による「もののけ姫」がアニメとして初めて作品賞にノミネートされ、最優秀作品賞に選ばれました。
スタジオ・ジブリは、第25回(2002年)にも「千と千尋の神隠し」で最優秀作品賞を受賞しています。
また今回(第37回、2013年)も、作品賞に2作品がノミネートされるなど、同賞との相性の良さを示しています。

一方、アメリカの「アカデミー賞」ではアニメ作品が最優秀作品賞を受賞したことはありません。
これも、国民性や文化の違いでしょうか。

本場アメリカの「アカデミー賞」との比較

3月2日に開催された第86回アカデミー賞の放送は、4300万世帯の視聴者数を獲得。
市場調査のニールセンが計る当日の番組放送における世帯平均評価(21.9%)は、2005年以来の最高値となりました。

国内だけでなく海外20カ国にも放映されるため、コマーシャルなどの広告効果は、NFL(ナショナルフットボールリーグ)の王座決定戦であるスーパーボウルの中継に匹敵する、とのデータもあります。
経済リサーチ会社「マイクロノミックス」によると、リムジンのレンタルや美容室といった細かいところまで含めれば、アカデミー賞の経済効果は6,700万ドル(約68億2,730万円)にも及ぶといいます。
今や、ロサンゼルスの観光・サービス産業には欠かせない「祭典」となっているのです。

この辺りは、日本アカデミー賞とはちょっと温度差を感じます。
(発表日当日に「グランドプリンスホテル新高輪」周辺が賑わっている、という印象はないので・・・)
ちなみに、日本アカデミー賞の視聴率は、例年10%を超える程度と言われています。

DVDの普及などにより、若者を中心に「映画離れ」が指摘されている昨今の日本。
果たして、有効な打開策はあるのでしょうか。

【関連記事】
「映画館に行かない理由」を簡潔に表した文が正論過ぎると話題wwwwwwwwwwww

【参考】日本アカデミー賞にまつわるエピソード

・第4回(1980年)、 黒澤明が「影武者」での優秀賞受賞を「権威のない賞は認められない」(表向きの理由は「スケジュールの都合」)として辞退。同作品の出演俳優、スタッフもその意向を尊重して、全員がノミネートを辞退しました。

・第14回(1990年)、第4回で「影武者」でのノミネートを辞退した黒澤明が、「夢」での作品賞・監督賞ノミネートを受諾したものの、無冠に終わりました。

・第25回(2002年)、高倉健が「ホタル」での優秀主演男優賞を、「後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退しました。

・第30回(2006年)、「武士の一分」の木村拓哉が、「優秀賞のほかの皆さんと最優秀賞を競わせたくない」とのジャニーズ事務所の意向により、優秀主演男優賞を辞退しました。

・アメリカのアカデミー賞受賞者に贈られるトロフィーは"オスカー像"の名で親しまれているが、日本アカデミー賞受賞者に贈られるトロフィーは、"映画神像"と呼ばれる巨大なモニュメント(流政之氏制作)を小型化したもの。
実物の映画神像は有楽町マリオンに飾られており、日本テレビで放送される授賞式の際は、この神像を会場に当日輸送して設置しています。
ちなみに映画神像は、台座も含めると全長3メール45センチもある巨大な像で、その重さは1,450キロにもなるそうです。

002

・第01回授賞式にて、アカデミー協会からの使者としてロック・ハドソンが派遣され、野際陽子が通訳としてエスコート。得意な英語を披露しました。


辞退者、多すぎるでしょ・・・


最近の邦画は、話題となった小説や漫画が映画化されるケースも多いようです。
読み逃している小説や漫画がある方は、この機会に映画館に足を運んでみてはいかがでしょうか?